12月24日
 相当に押し迫っているはずである。なんせ今夜はクリスマスイブだ。だのに、なぜこんなに押し迫る感覚が無いのだと自問自答したら案外答えは簡単だった。特にやることが無いからである。「年内に仕上げて!」という仕事も無ければ、正月の買い物の準備も無い、灯油も買わなくていいし、部屋だってまあ割りときれいにしてある。年末のゴージャスな深夜映画も録画しなくていいし、クリスマスイブだからといって無理にはしゃぐ必要も無い。だからこうしてHPをゆっくりと更新しているのだ。
 ゆっくりのんびりとしているのだというのにこの落ち着かなさはなんだ?30年も年末をやっていると今ごろは走るという習慣がついているとしか思えない。ちょっと哀しい習慣。
 キリスト教徒たちにとっては特別な夜なんだろう。窓から見えるはずのエッフェル塔が今夜は見えない。あとで見てこようか。

 本年度中はいろいろとお世話になりました。来年度もどうかどうかよろしくお願いします。



9月14日
 いろいろ、本当にいろいろあって2ヶ月も日本にいた。今年に入って、というよりもう終ろうとしているのだ、半分以上は日本にいたことになると思う。帰るたびに結構いろいろな発見があって、その都度結構驚いているのだけれど今回、驚いたというか気になっているのは『ニッポンのマユゲ』である。2年位前に帰ったときは『おおっ、日本女子のマユゲってすごいきれい(に処理してある!)』くらいの感動だったのだけれど今回は違う。もう老いも若きも男も女もなのである。まずもって短い。短いというのはマユゲそのものが短いということ、だから青い。そして、書く。女子なんかはほとんど皆同じマユゲで同じメークをしてるもんだから(髪形も同じ)、もう誰が誰だかよくわからない。男子はげじげじマユゲ君もなんと言うんだろう、こうアーチ型に整えたりするもんだから、のびてきた青い部分が汚い。本当に汚い。だんだん腹が立ってきた。高校生諸君の汚いこと、だらしないこと!パンツをひきずって履く、短い足がもっと短く見える。あのひきずったパンツでトイレに入ってそのままうちに帰るんだろうか、そんなことだからニキビが増えるのだ。無造作なヘア。例のマユゲ。そのサンバイザー、ななめにかぶるのはやめてくれ。いつか彼らとも一緒に酒を呑む日がやってくるのだろうか。話がそれた、マユゲの話である。世界陸上パリ大会、男子200メートルで史上初の日本人メダリストとなったスエツグ君、君のマユゲはおかしいぞ。ニッポンの英雄になってしまった君がそういうマユゲをしていると青少年が真似するではないか。中学の陸上部全員があのマユゲにしても顧問の先生が叱れないではないか。だいたいマユゲに関する校則があったとは思えないし。世の中の先生方はさぞ気をもんでいらっしゃることだろう。マユゲの短い諸君はこの文章を読んで気を悪くされることでしょう、うん、しょうがない。だってみっともない。僕は宣言してしまうのだ、10年、いや5年後には君達は自分の過去を抹殺したくなるでしょう。サンバイザーを斜めにかぶってたなんて。


6月18日
 パリの蚤の市に通うようになってはや2年、こちらのサイトに乗せている商品はもちろん、身の回りのものもほとんどをこちらで買ってきた。数々のランプに写真立て、食器、灰皿、いま座っているアームチェア(イームズのアルミナムソフトパッド!)、家具もそうだし、キッチンのプラ-ク(電器コンロ、こちらは電気が多い)、オーブントースター、ガラスの洒落た計量カップ、靴も服もカバンも多数、工具、に電動ドリル、フリスビー、ローラーブレード、ロングスケボーも買った。とにかく何かが欲しい場合はとにかく蚤の市で根気よく探す。あるいは蚤の市で売っているものが欲しくなるという根っからのフリーク、といえば聞こえがいいがただ単に安い、楽しい。見つけモノがあると友達の分まで勝手に買ってしまう。蚤の市といってもヴァンヴやクリニャンクールなどのプロっぽいものから郊外線に乗って出かける地域参加型のフリーマーケットまで本当にさまざまでその道の雑誌を買えばいつどこでどれくらいの規模のどんな(プロ・アマ・セミプロ)蚤の市がやっているのかがすぐに分かる。それで週末はいつもバックパックをかついであっちこっちをうろうろしているのだ。夜の散歩も「拾い物」天国。いろんなものを拾ってきた。同じアパルトマンにやはり拾い物の達人がいて夜中にばったりと出会って拾い物自慢になることもある。フリーマーケットでもよく会うゲイの友人がいて、まさかこんな田舎までは来ていないだろうと思うと不意にうしろから声をかけられたりして驚くことになる。←この人はぬいぐるみ専門。まったくこっちの人の蚤の市好きにも感謝半分、呆れるの半分。生活上手である。
 ただ、使えないものや壊れているもの、使い道がわからないもの、ごみとしか思えないものまで売っちゃうってのはどうかと思うのだけれど。買う人がいるから売っているんだろうな、なんて思っているわけだけれど、引っかかってしまうことも多々ある。今までに何度失敗してきたことか。最近の一番の失敗は留守番電話。電話とは別につけるいわゆるアンサリングマシン(日本では普通使わない)、これには参った。よく考えたら使えるものはあんまり買い換えないとは思うのだけれど、「動かないものは売らないわよ」なんて気のよさそうなおばさんにやられた。しかも4回、4人に。もう買わないぞとそのたびに思うのだけれど、修理に出すより絶対安いと思うとついつい手が伸びて4回も失敗を重ねてしまった。こうなると意地になって使えるものがあるまで絶対に買ってやるという気持ちになってしまった。そして先週ついに発見!こちらももちろん使える状態ということで買ったのだけれどやはり使えず。。。原因を探求し自分で修理してやっと使えるようになった、このヨロコビ。屑になった4台をゴミ箱に投げて「蚤の市大好き、でも電化製品には注意」とつぶやく。



5月25日
 目標は毎日更新であったはずのウララコラム。それが今じゃ月イチがやっとの更新じゃないか。とにかく忙しい毎日になってしまったのだ。もちろん責任は僕にあるんだけど、パリで一番閑な日本人を自負していた時期が懐かしい。こちょこちょと仕入れの方法を変えてみたり、オークションで小物を売ってみたりしているのでパソコンに向かっている時間も一日ずっと、というときも珍しくない。長々と言い訳となるのだけれど、とにかくそういうわけでちょっとHPの管理が遅れています。全面的にまっしぐらにごめんなさい。
 5月のパリはどんどん夏に、バカンスに向かっていくいい季節。映画祭、フレンチオープン、ル・マン24、音楽祭、いろいろ行事が目白押しで皆さんバカンスのことであたまがピーヒャララになっています。遊びに来る人はご注意ください。そういえばストもいっぱいです。
 日も長くなって今日現在で10時半ごろにやっと真っ暗になるかなという感じ、とにかく一日が長い。昨日の夕方というか、日没時に久しぶりにゆっくりと夕焼けを見た。雲が多く風も強かったので刻一刻と空の様子が変わっていくのが信じられないくらいに綺麗だった。遠くの高い雲はゆっくりと、低い雲が速いスピードで動いていく。低い雲がイワシ状になっているので、上の雲と重なって錯覚を起こす。さらにそのはるか上を飛行機が飛んでいく。飛行機からはこの錯覚は見られないんだろうなと思うと地面から空を見上げている自分が嬉しくなった。立ち止まらなくちゃ見えないものがたくさんある。



4月15日
 一人暮らし、その上自宅がオフィスを兼ねているというのが我家のというかわが社の住宅事情兼オフィス事情ということになる。そりゃとてもエコノミーだし通勤する電車に乗らなくてもいいし忘れ物もなくていい。自宅にいながらそこがオフィスだなんて第一気楽でいいじゃないか。だがしかし、そこには大きな落とし穴がボコボコと開いていてちょっと自分に甘い人間は大変なことになるのだ。そしてそれが僕だ。
 だいたいにおいてメリハリが無くなる。朝起きてトイレに行く前にまずPCのスイッチを入れ、メールだのオークションだのをチェックしながら朝ごはんを食べることになる。食べ終わったお皿もその辺に置いてそのままずっと仕事に、歯を磨き忘れる、顔も洗ってない、朝起きたそのままの姿である。ふと腹が減ってようやく昼になったことに気が付く。熱中しすぎるとそのまま夜になって一歩も外に出ていなかったりすることもたまにある。手の届く範囲の水平なところにはすべてモノが置かれることになる。しかもずっと座っているとお尻が痛くなる。これはいかんよ。
 それで思いついたのが1人オフィス計画。このデスクを完全にオフィス化するいう画期的な計画である。だからきちんと着替えなくてはデスクには座れない。「おはようござます」なんて1人で挨拶してタイムカードなんてあってもいい。昼になったらきっちり1時間半の休憩を取りその間に自分のことを済ませる。仕事中は私事は控える。友達に電話もしない。洗濯をしたり花に水をやってもいけないし、洗面所を磨く必要も無い。そういうことは6時の退社が済んでからすることにしよう。ということは6時以降は仕事をしない、するときは残業日誌なんかをつけて月の終わりに反省会をしよう。「今月は効率が悪いよ、宮脇君」と自分で言う。
 そうなると土日は休まなくちゃいけなくなる。それは無理なので平日に休むか、やっぱり週休2日だろう。だけど生まれてずっとからそんなに休んだことが無い。どこかおかしくなるといけないからやっぱり一日でいいかもしれない。なんて考え出すとキリが無い。
 永遠に実現しない壮大なスケールで描かれる計画である。


4月10日
 なんということだろう。コラム書いてないな、とは思っていたけれどもう一ヶ月以上経っているわけだ。目標は毎日更新だなんてなんと思い切ったことを書いてしまっているんだろう。だいたい僕はひとつの事を続けることが苦手なのだ。でも、これはやめるわけには行かないので以後「次々と」更新予定です。乞うご期待。
 さて。
 今日の御題は「サヴォア邸参拝の巻」
 かねてから機会があったらとは思っていたんだけれど、住んでいると日々の生活に追われなかなか行けないのがこういったちょっとした観光地。日本から誰かやってくると、あちこちに連れて行くフリをしながら自分が楽しんでいるというわけ(ほんとに結構大変な時もあり)。
 それでパリの凱旋門からRERという郊外電車に乗っかり40分くらいか(僕はおなかの急降下が来て途中下車、事なきをえて遅れる)POISSYという駅からさらにバスで10分サヴォア邸のバスストップがちゃんとあります。門をくぐるといきなり右側に守衛小屋のようなものが建っているのだけれど、それがもうすでにコルビュジェ建築。プチサヴォアといった趣なのですが本当にコルビュジェ作品なのかは謎のまま。数十メートルも進めばその先に真っ白なサヴォア邸が!その佇まいの美しいことっていったら、もう、あなた!ため息が出ます。そして僕は思いました。これは日本じゃアカン。広大な敷地に廻りは果樹、どこまでも広がる青い空、青々と茂った芝生に浮かぶように建つ真っ白な箱。無理です。建築というものはやっぱり廻りの環境や風土にも沿ったものでなくてはいけないんだなとしみじみと思いユーターンして帰るわけには行かないのでちゃんとゆっくりと見学してまいりました。
 この家のメインは2階部分。とにかくどこも明るい、いろんなところに自然光が入るように計算されていてどこにいても光を感じることが出来ます。随所ににやっとするような心憎い配慮がしてあって感心するばかり。細かいことは小生が偉大なるル・コルビュジェにご意見するような形になってしまうので省きます。あとは住み手がいかに美しく住まうかということだろうな。僕なら美しく住んであげるのに。。。
 それにしても各部屋に設えられたビデは圧巻だった、バスルームにだってシャワーは無いけどビデはある。やっぱり大人の国の大人の家だなあなんて妙に納得しつつ白亜の邸をあとにしたわけです。
出来る限り人間は美しく生きるべきだと小生は思うわけであります。



3月5日
 床屋が苦手である。もちろん美容院も同じだ。だいたい彼らはよく喋る、というか質問が多い。だいたい彼らが仕掛けてくる質問の内容は同じなのではじめからプレートに書いて首にぶら下げておくと話が早いかもしれない。あの女学園の横に住んでいて、歳はもうすぐ30、身長は185cmあるけれど昔は小さくって、別にバスケットもバレーボールもやってなくて、こんな時間にぶらぶらしているのは骨董屋だからであって、今朝雨が降ったことは寝ていたから知らない、などなど。最近は若い美容師が増えて(いや、ジジむさいいねこの言い方、ただ自分が歳をとっただけか)、その店の方針なのか友達みたいに話し掛けてくる。
「どれくらい切るのぉ?」
「こんな感じぃ?」
その質問がなんとも間延びしているのでなんとか勇気を振り絞って注意する。僕は君の友達じゃないのでそういう口の利き方はやめてください、と。そうやって言うのもものすごく気を使って嫌だし、言わないとずっと言うべきか言わざるべきかを考えながら悶々としてしまうし、言わずに帰ってからやっぱりこう言うべきだったのではないかと悩んだりして眠れなくなる。どうしてお金を払ってこんな思いをしなければならないのか、全然わからない。
 しかも気にいる髪形になったことが無い。全然無い。美容院を出ると誰にも合わないようにそそくさとうちに帰り、家族にも見られないように鏡の前に立ち自分のやり方でセットしなおさなくちゃいけない。僕は天然パーマがわりときついので美容師にはなかなか僕の理想が伝えられないし、そういうことをこと細かく説明するのはオトコミヤワキのやり方には反するのである。それで他人行儀なスタイルになっていく自分をちょっと腹立たしくもちらちらと見て完成を迎えるということになるのだ。「ハイ、こんな感じです」と言われても、「ハイ、ありがとう」としか言えない。日本でこうなんだからフランスだったらもっと大変だろうな。だろうな、ではなかった。一度やって見たことがあるじゃないか。6年程前にはじめてパリ旅行した時、知らない美容院に予約無しで飛び込んでパーマをかけた。ナチュラルにって言ったのにそれはそれは不自然なアタマになった。にもかかわらず(だからこそ、というべきか)スタッフ全員が僕の周りに集まって「ナチュラルよぉーー」と褒めちぎった。その時も「ハイ、ありがとう」しか言えなかった。
 あれから年月は流れ2003年3月、またしてもラーメンの小池さんのようなアタマになってしまった。進歩が無いなあ。
 
追伸 やっぱり日本にいるとなかなか更新できません。だいたい飲みすぎなんです。お酒のない国に行きたい。


2月10日
 毎週末、蚤の市に通うことおよそ一年半、いまさらながらつくづく思うのだがここは何でもありなのである。もちろん蚤の市の正統派、立派な骨董品を売っている方もたくさんいらっしゃる。そうでない方々はどういうものを売っているのかといえば、ガラクタである。使用済みのねじの1本から自分が履き古したスニーカーまで、とにかくあらゆるものが堂々と売られている。売っている人がいるというのは買う人がいるからなんだろう。案外、僕が買ってるようなものも彼らから見るといったい誰が買うんだろうと思っているのかもしれないが。端っこの方には僕が「非合法エリア」と呼んでいる地域があって(これはどこの蚤の市にも存在していて、特にサン・トゥーアンの蚤の市では正規エリアより人でごった返している。警察がくると蜘蛛の子を散らすが如く一斉に逃げていく)ここがまさに誰でも参加できる超庶民的フリーマーケットとなるわけだ。盗んだ携帯電話から拾ってきたテレホンカード、怪しげなビデオ、その他、家の内外からかき集めてきた「売れそうなもの」がなんでも並んでいるわけだ。これは楽しいよ、まったく。何でも売っているということは、何でも盗まれるということだ。油断も隙もありません。まだ使えるようなものはもちろん、使えないものだってそこで売ってしまえば問題なし。日本の粗大ゴミなんてものの数時間で3分の1になるでしょうね。前にフランスのゴミについて少し心配しているようなことを書いたけれど、案外、そういう業者がちゃんとしかるべき業者に流しているんだろう。ヴァンヴの蚤の市にもどう考えても仕入れタダ、っていう業者が何人かいるからね。これはひとつのリサイクル運動なのだ。そういった商品を我々が買う、それでフランスや日本のショップに並び、エンドユーザーへ、知らないうちに女房に捨てられたりしてまたもとの業者に戻る。そうやって続く半永久リサイクルなのだ。女房に捨てられないものを買わなくてはいけませんな。前回と同じ結論になってしまった。
 文体がどうもおかしいのは、もちろんこのところ読んでいる伊丹十三氏の影響である。


2月8日
 再びクルマについて。クルマなんて適当に走ればよい、というのが僕のクルマ論であって、そこにはターボとかダブルウィッシュボーンとかハイキャスとかそういうものはよくわからない。乗り心地も燃費もがよいのには越したことはないがスタイルがよいほうが大事なのだ。しかし、最近の日本のクルマはスタイルが悪いうえに醜いエアロパーツなんてつけるもんだから、これはもう一億総ヤンキー時代になってしまうのではないかと心配してしまうほどである。まったくあのエアロパーツと言うものは何とかならないもんだろうか。それをメーカーが売ってるんだから呆れてしまうね、まったく。ありゃ、昔で言う「出っ歯」「竹槍」に等しいのではないかと思うがどうだろうか。そういう意味で日本人というのは世界一クルマが好きなんじゃないか。オートバックスに売っているクルマ用品を見るとよくわかる。芳香剤からマップライト、ゴミ袋掛け(なんなんだこの庶民的さは)、携帯電話ホルダー、カーステレオも半端じゃないし、ナビとか、最近はメールを読んでくれるものもあると聞いたけど、そりゃほんとかね?土足厳禁(いや、この土足厳禁ってのはとても日本らしくて良いかと思う。いっそ畳でもひいたらどうだろう。炬燵にするという手もある!)、フロントに敷いたフェイクファー(ハンドルもお揃いだったりする)、ピカピカ光るテールランプ、いったいどういう可愛がり方だろう。傷がつくとすぐに直すし、毎週洗ってみたりする。それよりもどうだろう、もう少し良いデザインの車を買って、そのまま乗るというのは。もとが良いから何にもしなくてもかっこいいのではないか。エアロパーツも必要ないし。僕はこのエアロパーツというものを野菜のサンドイッチに入ったホワイトアスパラほど憎んでいるのだ。日本の車はスタイルが悪いと先に書いたけれど全部がそうでもない。日産の最近のデザインは明らかに世界を意識した真面目でクオリティーの高いものだと思う。プリメーラ、スカイライン、ステージア、マーチなどだ。トヨタだとハリアー、RAV4、ヴィッツあたりだろうか、トヨタはデザインに対する意識が落ちてきているように見える。20年、いや10年後にも美しいといえるクルマがどれだけあるか。売れ線思考のいい加減なデザインのクルマばかりだして、またそれが売れてしまうから僕はいつも自分の選ぶものに対する自信を失ってしまうわけなんだけれど。
 とにかく身の回りをぐるっと見渡して古くなっても、古くなってこそ、美しくなるものをあなたはどれだけ持っているだろうか。人間、長生きしてもせいぜい100年。せめて美しいものと美味しいものと良い友に囲まれて暮らしたいではないか。そう考える人が増えたら日本は美しい国になるのではないか。昔のように。


2月5日
 今年もまた『NHK紅白歌合戦』を観てしまった。このあいだの帰省の時は家族と友人と酒を飲みながら『猪木祭り』だったから紅白は全然観ていない。パリに住む韓国人ファッションジャーナリストであり大の日本歌謡マニアでありもちろんオカマである友達がみせてくれたのである。半ば強制的に。僕は紅白というものを彼のうちでしか観たことが無い。彼は都はるみがいかに日本の心を歌っているかを教えてくれる。
 それでだ、今回の紅白では4つのことに驚かされたのである。ひとつ、始めのほうに出てきたワカモノを誰一人として知らなかった。紅白に出てくるんだからそれなりに人気があるのだろうがまったくひどいもんだ。ひとつ、アムロナミエ(漢字がわからない!)がずーーーーっとふてくされていること。何が起こったんだろう?事情通の彼によると唄う順番がどうも気に入らないのではないかと言うことだった。何とかと言う知らない歌手の後ろだったけどその歌手の後ろと言うのが許せないらしい。よくわからないが大人気ないぞ、アムロ。ひとつ、浜崎あゆみが喋るのをはじめて見た!あの喋り方!!!冗談でやっているのではないと聞いて本当に驚いてしまった。みんなは知っているんだろうか。ひとつ、石川さゆりの「天城越え」、これがよかった!この紅白の一等賞です。実は何年か前の紅白もこのうちでみせてもらって(彼はその年の紅白がベストオブベストだと言う。古館一郎と上沼恵美子が司会をしていた)そのときも石川さゆりの「飢餓海峡」に感動してしまった僕。あの引き込まれるような表情、圧巻でした。
 それにしてもこのままの調子では再来年あたりに紅白は猪木にやられてしまうのではないか。彼の落ち込む姿が目に浮かぶ。彼に言わせると「新旧が交じり合う素晴らしい番組」なのだそうだ。頑張っていただきたい。
 そういう僕の浅川マキブームは続く。「夜が明けたらぁ〜♪」


1月28日
 長い長い日本の滞在を一時中断して、またフランスに戻って来た。3日のコラムでも書いたけれどあまりにも美味しく贅沢な日本の食生活のおかげで5キロくらい体重が増えました。飲んで喰ってひと月で5キロというのはあまり健康的ではないでしょうね。もちろん帰りのスーツケースは制限いっぱいの日本食でした。今日からみんなにお裾分けです。
 それで久しぶりのパリはどうかと言えば、やっぱりパリはパリです。日本と全然、何から何まで違います。初めてパリに来た頃に感じていた「パリの匂い」をあらためて感じなおしています。雰囲気というよりも実際の匂いというものが僕の記憶と直結しているものが多いので慣れないうちはいろんな記憶がフィードバックしてきてくらくらとします。パリはとっても匂うんです。チーズの匂い、酔っ払いの酒臭さ、おばちゃんの香水、アフリカの香辛料、地下鉄の人々の体臭、道端の犬のうんち、花屋の強烈な香り、市場の匂い、おしっこの匂い。人間臭い街です。そういう意味では日本は無味無臭になりつつあると思いませんか。
 帰ってそうそう家賃やら電気代、電話代、ケーブル代と小切手を切りまくっています。生きるって金がかかるね、まったく。
日本で友達に借りてきたCD『浅川マキ DARKNESST』に夢中です。


1月3日
 新年快樂。僕にとっては勝負の年となりそうな今年、どうぞよろしくお願いします。
 
 それにしても日本は美味しい。年末年始ということもあって普段のフランス生活では考えられない食生活を送っている。金額にするとこの2週間で普段の半年分くらいのモノを食べているんじゃないかと思う。一回一回の食事にいちいち感激するので自分でも疲れてしまう。それくらいに日本は美味しい。
 行事もぎゅっとつまっているので3日前の大晦日に猪木ボンバイエをみて初詣に出かけたのももう遠い過去の出来事みたいである。しばらくフランスにいたこともふと忘れそうになる。そう、またフランスに帰らなくちゃいけないのだ。その予定を少し伸ばすことにしてもう少し日本でやることをやってしまおうと考えている。なんて忙しそうなことを言ってみても暇な時間というのがないわけではなくて8時間ドラマ「忠臣蔵」もちゃんと見てる。面白くなかったけどね。
 今日は少し雪が降るなか父の友人宅で畑の白菜と大根を頂いてきた。包丁を少し入れるだけではじけそうなほど新鮮でみずみずしい野菜。とても幸せな気分になります。