「パリのトイレ事情」
こちらで知らないところでトイレに入るのはとても勇気が要ります。
だいたいが店の地下やなんかの暗いところにあって、細く暗い階段を下りていくと
たいていの場合恐ろしく汚いトイレが存在する。
紙があるかどうかもわからないし、たまに便座までなかったりもするし。
この間、パリの東急ハンズと呼ばれるBHVという大きなデパートのようなところに
いったとき
急に雲古をもよおしてトイレに駆け込むと男性用のおっきい方すべてに便座がなかっ
た。
こんなもの誰が持っていくんだろう・・・。
どうしようかと考えたけれど何せ急を要しているものだから、紙できれいに拭いて
座ってしまいました。
参った、参った。
それ以来、絶対に外では雲古はしないよう、出ないよう心がけているんだけど
小のほうでも驚かされることがある。
それは「トルコ式」(っていうんだったかな?)。
80センチ四方のトイレ全体が便器になっているようなやつで真ん中に「足場」があ
る。
なんとなくそこに足を乗せるのは憚られるので一番こちら側から向こう側にめがけて
済ます。
一番こちら側は便器になっていないので流すときも安全である。流すと全体がど
ばーっと流れていく。
大の場合はそこに、ということなんだけど女性はいやだろうなぁ。みなさんどうして
るんですか?
今のアパートのトイレは結構普通です。
ちゃんとバスタブもあるし。
困るのはシャワーのノズルを固定するものがないこと。
ところによるとシャワーカーテンをつけるところもないそうです。
だからみんなしゃがんで片手でノズルを握ってシャワーに入るみたい。
映画『T2』であの新型が裸で登場するシーンを連想してしまいます。
犬の場合もそれはそれはひどいもんです。
犬立ち入り禁止区域以外のいたるところに落ちてます。
何で拾わないのかというとそれは「格好悪いから」。
パリ市も手を焼いているらしく犬のトイレを作ったらしい。
でも、だーれも使わないのですぐに撤去されたということです。
みんな部屋の中で土足のはずなのにいやじゃないのかな?
道端で座り込む若者も日本と同じように多いので、僕は心配しています。
話は変わり現在のフランスの英雄の話。
やはりジダン君らしいです。
アルジェリア系だろうがチクワはげだろうが全然気にならない様子。
特に女子供からの人気は絶大なものがあるということ。
先日もレアル・マドリードへの移籍が決まったその日に
オリンピック誘致(結局は惨敗しましたね)のスピーチに出かけパリをアピールして
いました。
いずれ政治家デビューするとの噂もあります。
次回は「日本にはいない変な人」をお届けする予定です。
ではでは。
今一番欲しいもの、それはウォシュレット。
「パリのトイレ事情 補足編」
信頼できる筋からの最新情報によると
一日で出るパリの犬の雲古は16トンに及ぶということです。
ちなみに日本はどれくらいなんでしょうねぇ?
どなたかわかる人がいましたら御一報下さい。
それからきれいなトイレ情報。
サマルティーニ(サマリタンと読むはず。多分セーヌ川ポンヌフの近くにあるはず)
というデパートの最上階
にある有料トイレは
便座が一度壁の中に入って、洗われてまた出てくるらしい!
今度チャレンジしてまたご報告します
「わからない人たち 午前中」
ある1日。
まあ何事もなく朝起きるとする。
下の中近東酒場は昨日も3時ごろまで奇妙な太鼓や笛の音を響かせていたので
今日もなんとなく寝不足だ。
それでも朝からみな大きな声で喋るので起きてしまう。
天気もよいので散歩に出かけてみる。
覗くカフェでは必ず誰かがビールを引っ掛けていて
その横でおっさんが歌を歌いながらコーヒーにクロワッサンを浸して満足そうだ。
昨日の盛り上がりを物語る道端の吸殻やら空き瓶やらと犬の雲古に注意しながら
てくてく黙々と僕は歩く。決して歌わない。
犬の雲古をバキュームつきバイクで吸い取って掃除する人は真剣だ。
あいかわらず歩行者は誰も信号を守らない、スキがあってもなくても渡る。
自転車もローラーブレードもキックボードも車と同じように道に真ん中を走る。
奮闘する極少数派ローラースケート(靴の上から装着)。ダサくても誰も気にとめな
い。
ついでに買い物をしようとスーパーマーケットに行く。
店員に何かをたずねると、
「ちょっとお待ちください、私ではわかりかねますので上司に聞いてみます」
なんて絶対に言ってくれない。
「ないよ」、でも実はその人が知らないだけだったりする。
知らないものは「ない」のだ。
今日もレジは5人くらい並んでいる。
レジ係はやはり挑発的な態度でバーコードを読む。
おっと、レモンに値段シールを貼るのを忘れた。
「貼って来い」
ずらっと並ぶ列を戻りはかりに載せてレモンのボタンを押す。シールが出てくる。
済まなさそうにレジに戻るとみんなおとなしく待っていて不平の表情はない。
列に並んで手に入れた権利はどのように使っても自由。
その自由にはたとえばレジ係とのおしゃべりに使っても構わない。
レジ係は足のボタンでベルトコンベアを操作しバーコードを読み取りお金を回収。
一回で値段が聞き取れないとレジの値段が出ているところを
長い爪でカチカチとたたく。
日本円で1円2円程度のおつりはくれない。
ふっふっふ、いつか1円に泣くことになるとも知らず。
買い物カゴからだしてレジ打ちが終わった商品を袋に詰めるのは客の仕事だ。
挨拶は忘れない。
「ありがとう、またね」
スーパーのパンは美味しくないのでパン屋に出向く。
ここでも行列は回避できないがパン売り娘がかわいいので許すことにしている。
バゲット(3.80fr)を買うと持つところだけ習字紙程度のもので巻く。
そういえばセロテープは使われているのを見たことがない。
巻いてねじる。実に経済的かつ不衛生的だ。
「ありがとう、またね」
朝食を済ませた僕は今日はコインランドリーに行く。
そこにいるのは1人暮らし風の人ばかりではない。
洗濯物を放り込んで中央にあるマシンにコインを入れて洗剤を買う。
一回分として山のような量が出てくる。
そういえば日本の洗剤も昔はこうだった。
灯油のポリタンクを縦にスライスした位の大きさだった頃だ。
アタックという名前だったかもしれない。
乾燥は別マシンでさらにコイン投入。
やっと乾いたので「畳み台」で畳もうとすると、
トムジェリに出てくるような黒人のおばさんが
その台に飛び乗り尻を揺らしている。
当然歌っている。
仕方なく僕は片膝でパリには売ってないような素敵なトランクスを畳む。
やれやれ。
今日も一日は長い。
そして冒険は午後に続く
「わからない人たち 午後」
午後になっても冒険は続く。
地下鉄かバスでどこかに出かけるとする。
どちらの場合でもここでは誰もどこにも並ばない。
地下鉄の場合、どこに止まるかわからないからだと思われる。
バスもみな適当に乗り込む、後ろから入る人もいるが運転手は気にしない。
キセルを取り締まるのは運転手の仕事ではない。
It's not my buisiness. 細い路地を神業のようなテクニックでかわす。
前に座ったのはきれいな娘。
おもむろにバゲットをかじり始める。
バリバリといい音をたてパン屑が落ちるが本人も周りの人も気にしない。
隣は40歳くらいのビジネスマンか、幼稚な手つきで爪を噛んでいる。
斜め前には黒人のおばはん二人が寄り添い腰に手をまわす。
たぶん普通の友達だ。
前にそびえる2メートルくらいの大男二人組みは二人とも
漢字の入ったパンツを着用。
「東方美人」「畳一枚」。
違うパターンだと「東京製」「心・美・技」「義一本」なんて書いてある。
よくわかりかねる。
そこに突然笛やらギターやらを持っている南米の男たちが入ってきて
前触れも指揮者もなく演奏は始まる。
曲目はいつも『コンドルは飛んでいく』だ。
一駅間で演奏できてそれなりにメジャーという点での選曲だと思われる。
チップ回収係がやってくるがあげる人はまばらだ。
そそくさと次の駅で降りていく南米の男たち。
次にやってくるのは演説家だ。
やはり一駅間で終わるように計算され尽くしている。ご清聴ありがとう。
何らかの募金なのかもしれないが僕にはわからない。
ただ眺めるのみである。
地下鉄のシートはだいたいバネで跳ね上げ式になっていて
混雑すると入り口付近の人はみな立ってラッシュに備えるのだが
そのシートは立ち上がるときに恐ろしい音を立てる。
手で押さえて静かに立ち上がる人はいないし、
地下鉄も音のたたないシートを作る気はないらしい。
目的地に着く。
ドアの前でボーっと立っていてもドアは開かない。
レバーをまわすか、新型はボタン、さらに新型は自動で開く仕組みだ。
新型は高所得者が多いラインにしかない。ひとつもない。
安全と快適は金で買うしかない。
16区あたりはハトの毛並みまで違うのだ。
なんだかんだで時は過ぎ同じように帰ってくる。
夕食の支度をしよう。
手羽先を発見したので塩焼きでもしてみようする。
最初の仕事は抜き残りの毛と羽根の付け根をピンセットで抜くことではじまる。
丹念にチェックしてから焼いた手羽先は美味しい。
安いビールで流し込む。
食後ウイスキーを飲みながらパソコンかたかたやっていると
今日も中近東音楽のボリュームは最高だ。
そして冒険は終わらない。
ウララ通信 vol.5
「乞食について」
ここには本当に多くの乞食がいる。
それがホームレスなのかどうかはよくわからないけれど
とにかく一日に見ない日はないくらい。
いろんなタイプがいるんだけれどやっぱり多いのは
乳飲み子を抱えた女性、それから体のどこかを失った人。
そういう人たちが紙コップを持って
(これはほぼ9割がマクドナルド社の紙コップかポテトLサイズの容器を使用)
ジャラジャラと振りつつ、あるいは黙って下を向きお金を入れてくれるのを待ってい
る。
段ボールにメッセージが書いてあって
「昨日から何も食べてません、お金を下さい。シルブプレ」
「子供を二人抱えて生きていくのが大変、お金下さい。シルブプレ」
などのものすごくダイレクトなものが多い。(らしい)
とかそんなようなことが書いてある。
地下鉄の中で立ち膝で歩き回り「お金下さい」と一人一人にお願いに来る若い人もい
るし
街角でいきなり「すまんがムッシュちょっとお金くれないか」なんていきなり声を掛
けてくる旦那もいる。
ヒッピーみたいな若者がベンチでうずくまっていて、旅行ヒッピーみたいな人が
煙草を分けているのを見たこともある。
昔、父から聞いたけれど日本にも昔はいたそうな。
口上は「右や左の旦那様ーーー」だったような記憶だけれど
とにかく物乞いといわれる人たちが日本にもいたということだ。
僕は高山で育っているのでお正月か何かのときに名古屋に来て
名駅前でそういう人を見て驚いたことがあるような気もするけれど
でも今の日本にはホームレスはいるけれど乞食はいないんじゃないかと思う。
そうやってお金をもらおうとしている人は見たことがないし
ホームレスは結構楽しんであの生活をしているのではないかと僕は思っている。
そんなに苦しんでいるようには見えないから。
こちらの乞食にはひょっとしたら棲む家はあるのかもしれない。
いつも同じ場所で寝ている人も見かけることは見かけるけれど
段ボールハウスは見たことがない。
お金がなくて働き口もなくておなかが減ってそうするしかないのかな。
ふと考えるとそういう乞食は日本以外の世界中にいて
日本にだけいないのかもしれない。
少なくとも僕がいったことのある国にはすべて乞食がいた。
ということは日本は貧者にとってとてもすみやすい国なんだろうか。
モノはいっぱいあって道端に落ちてても誰も拾わないし
食うに困っている人なんかあまり聞いたことがない。
こっちじゃ朝市の後の屑野菜拾いなんてみんなで争奪戦だ。
そりゃすさまじい。
売れそうなものは何でも盗まれるし、実際に蚤の市に行くと
すみのほうで間違いなく盗品、もしくは拾った物ですってものが売っている。
ぼろぼろの靴片方、古釘、ねじ、自転車のサドル、プリペイド携帯電話中古、
壊れた電化製品(実際は使えるのかもしれないが、どう見ても信用ならん)etc
でもたまに買う僕。
「一億総中流社会」というコトバがあぁそういうことだったのかと実感してしまいま
す。。
デフレで大不況(あぁ株なんて買うんじゃなかった)だけれど飢え死にするくらい貧
しい人はいないし
自転車のサドルが盗まれることもない。
やっぱり日本は少なくとも物質的にはとても豊かだ。
それがどうして大不況になっちゃうんだろう。
誰か教えてください。